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叔父のお手伝い・様子見に

私の叔父が陶芸家であり、珠洲焼を作っています。
今回の実験に参加している1人でもあるんですが、その叔父がその本職のほうの窯を焚くとのこと。
数日間焚き続ける必要があり、人手が欲しいのでヒマがあったら手伝って欲しいと頼まれました。
ほぼ失業状態で、ヒマが有り余っていることですし、お手伝いに行くことにしました。

このブログの主題である実験とは関係ないことですが、これもまた陶芸体験ということもあり、載せちゃうことにしました。
ご諒承を。

それで最初聞いた話では、本日より焚き始めるとのことでしたので、様子見に行ってきました。
しかし、マイペースで作業を行っている様子で、火を入れるにはもう2日ほどかかるみたいでした。

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↑が叔父の窯ですが、基本薪を焚くわけですが、温度を上げる序盤はガスで焚くことも可能なカタチ。
ガスを使った場合、経費は余計にかかるものの、1~2日分の労力が助かるようです。
今回は、ガスは使わず、最初から薪でいくとのことです。

↓は焼成室内部です。
もうかなり準備は進んでるようですね。

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窯焚きが始まっていたらお手伝いしようと思っていましたが、結局いろいろ話を聞いてきただけ。
お手伝いするどころか、むしろ邪魔をしちゃった感じ(笑)。
まあ、明後日出直そうと思います。


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叔父のお手伝い・1日目

一昨日の話では本日より火を入れるとのことだったので、夕方6時頃に叔父の窯場に行ってきました。
行ってみると窯焚きは始まっており、聞くと本日朝から開始したとのことでした。
一応お手伝いに行ったつもりですが、いかんせん初めての体験であり、どうも何をしていいかわからない始末。
子供の頃とか、窯焚きの場にはしょっちゅう遊びに行っていたのに、ホント役立たずです。
まあ、ほんのちょっと薪を入れるのを手伝って、後は話をしていただけという感じでした。

この日、私がいた間の窯内の温度は、180度から200度の間くらいでした。
最終的に1200度くらいまで温度を上げていくわけなので、まあ、序盤といったところですね。
温度管理や薪の入れ方とか難しいことがあるかと思ったりしましたが、この段階ではあまり気を使う必要はなかったようです。
適当に薪を投入していけばいいという感じで。
そう考えると、もっと積極的にお手伝いすればよかったかなと思ったりも…。

午後11時頃帰宅。

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叔父のお手伝い・2日目

土器作りの会を散会した後、夕方から少し寝て、晩9時半頃叔父の窯場に。
本日もおしゃべりしながら、ちょこちょこと薪を入れる作業を。

この日の私のいた間の窯内の温度は、だいたい580度から600度の間くらいでした。
叔父の話によると、珠洲の土で作った作品は、このくらいの温度が1番割れやすいとのこと。
このへんから急激に温度を上げちゃうと割れることがあるそうで、このへんじっくり上げてくみたいです。

交代要員の方が来た午前2時過ぎに帰宅しました。

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↓は、叔父手製の薪ストーブ。
この夜は急に寒くなって急遽使用しました。
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叔父のお手伝い・3日目

本日も叔父のお手伝いに。
夕方切端積みを止めた後、一眠りし、午後9時過ぎに行きました。
最初だらだらとしゃべってて、それから薪運びを少々。
その後、午前1時半頃から午前5時過ぎまで薪を入れる作業をしました。
本日は窯前面の焚き口からだけでなく、側面からも薪を投入。
これがなかなかに重労働でした。
とにかく熱い!
本日の窯内の温度は860度から900度の間くらい。
まあ、汗をかくには最適ですね(笑)。

朝6時前くらいに帰宅しました。

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叔父のお手伝い・4日目

本日も叔父のお手伝いに。
朝寝て、目が覚めて食事をとってから再び窯場へ。
だいたい午後4時頃ですね。
とはいえ、他に手伝いに来てる人もいましたし、また、温度管理も難しいかなと思い、薪運びのみしてました。
しかし、午後11時頃、他の手伝いの方もいなくなり、叔父もちょっと疲れと睡魔の波がやってきて仮眠に入ったので、それから2時間ほど薪を入れました。
その後、またお手伝いの人も来ましたので、薪運びを少々。
それでもけっこう疲れました。
皆さんホント、タフだなぁと思いながら極力省エネで(笑)。

本日の窯の温度はだいたい1150度から1200度の間くらい。
これくらいの温度で飛び付着した灰が溶けて、自然釉として作品の味を出すとの。
そして、いい具合になったところで窯を閉めるわけですが、このへんの見極めが熟練した職人の腕なんでしょう。
ちなみに、1250度を超えてしまうと、珠洲の土では温度が高すぎて形が歪んできたりしてしまうそうです。

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叔父のお手伝い・5日目

本日も叔父のお手伝いに。
って言っても前日からずっといたんですけどね。
朝方になってからは、ほんの少しだけ薪を入れましたが、あとは薪運びを少々やっただけ。

んで、いよいよ本日窯を止めました。
徐々に窯内に熾を溜めていき、ほどよく溜まったところで全ての口というか、穴というか、つまり外気が入る隙間を全て閉め、土で塞ぎました。
こうして最後火を止める段階で密閉し、酸欠状態にする技法を 「燻べ焼き」 といい、珠洲焼の特徴の1つです。
これにより珠洲焼の黒っぽい色が出るわけですね。

全ての作業が終わったのはちょうど正午頃。
おそらく4日ちょい焚いたカタチになると思います。
なかなかおもしろかったです。
ちょっと疲れたけど。
皆さんお疲れさまでした。

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悲報

本日、今回私が参加させていただいています実験を行っている珠洲古窯研究会の会長さんがお亡くなりになりました。
亡くなられた理由は急性白血病とのこと。
あまりに急な話で大変驚きました。

9月にこの会の活動が開始された時には全くお元気でしたし、9月末にいっしょに旅行に行った時も病の影など微塵も見られませんでした。
窯構築時には、お仕事が忙しい時期だったため参加できずにおられましたので、私的にはしばらくお会いしていません。
しかし、ちょうど1ヶ月前、11月20日に焼き締めのために窯に火を入れる旨会長さんの耳には入れとかなければいけないだろうと電話で連絡した時には、忙しい時期ももう終わるため焼成実験には出れるだろうと言っておられましたし、まさかお亡くなりになるとは夢にも思っていませんでした。

ただその電話では、忙しい時期が終わり疲れが出たか風邪を引いて寝てるとのことでしたので、少しだけ心配はしていましたが。
その後、11月の末に入院され、わずか1ヶ月と経たないうちにお亡くなりになるとは、ホント人の命とは儚いものですね。

とにかく大変残念なことでした。


葬儀

本日は、先日亡くなられた珠洲古窯研究会の会長さんの葬儀にお参りしてきました。
会長さんは珠洲焼関係だけではなく、様々な分野に貢献されている方でしたので、お参りしに来た方々もすごく多くて、人徳のなせる業なのかなと感心しました。
ホントに立派な葬儀でした。


土器土器カレー(意味なし・笑)

作ったカレー皿でカレー食べてみました。
やっぱり珠洲焼の皿で食べるカレーは一味違います。
まあ、嘘ですけど(笑)。

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再開するみたい。

本日、実質実験の中心人物といえる学芸員氏とお話しました。
いろいろ話したのですが、主にこれからのことについて。
近々実験は再開するとのこと。
早ければ来週あたりから始める感じ。
やり方の変更点についてもいろいろ聞いたのですが、作業予定含めそれらは追い追い書いてきたいと思います。


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