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写真で見るやきもの教室

読書しました。
読んだのは、

 写真で見るやきもの教室  (増渕浩二・綜合図書)

焼成実験をどうやら年内にもう一回行なうようですので、その時窯の中に入れる品物を作ってみようかと考えています。
しかし、私は作陶については全くの素人。
陶芸家の叔父等に習うっていうのが1番手っ取り早いのですが、あまり本格的になるのも中途半端に終わった場合習った相手に失礼になるような気がしますし、とりあえずは気軽にやってみたいというのが本音だったりも。
そんなわけで、マニュアル的というか、ハウツー本的にとうか、そういう感じで購入したのが本書。

全ての説明に写真がついていて、かなり分かりやすい内容になってます。
↓写真でも分かる通り土づくり、形成、装飾、道具、釉薬、絵付け、焼成と焼物作りの技法が一通り網羅されています。
もちろんこの本を読んだだけで陶芸がマスターできるとは思いませんが、私のようなズブの素人にはなかなかいい感じの本です。
しかし、今回私が知りたかったのは形成についてであり、しかも、ろくろを使わない手びねりの技法のみといった感じでしたので、そういう意味ではやや物足りない感じではありました。

てなわけで、なかなか興味深い内容の本でしたが、ややチョイスミスだった気がします。

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叔父のお手伝い

本日は、陶芸家の叔父の窯焚きのお手伝いに行ってきました。
昨日から火を入れているとのことです。
夕方から行きましたが、まだまだ序盤という感じで気楽に焚いてきました。

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叔父のお手伝い

本日も叔父の窯焚きのお手伝い。
昨日から引き続き朝まで行い、一度帰宅し寝て、夕方から再びお手伝い。
ある程度やることが見えてきているので、昨年よりはお手伝いできている感じです。

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叔父のお手伝い

本日も叔父の窯焚きのお手伝い。
いよいよ横入れも始まり、窯の温度も高くなってきて作業もちょっとしんどいものになってきました。
しかし、昨年ほどキツいと感じなかったのはなぜだろうか?
本日も、昨日から引き続き朝まで行い、一度帰宅し寝て、夕方から再びお手伝いしたカタチです。

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叔父のお手伝い

本日も叔父の窯焚きのお手伝い。
いよいよ佳境という感じ。
まあ、そんなに緊張感はありませんでしたが。

叔父は窯の様子を見ながら温度を管理し、そして窯の閉め時を見定めていますが、昨年は本日昼には窯を閉めているのに対し、今年は大きくそのタイミングが遅れていて、これはちょっと意外でした。
単に時間と温度でのみ焼成を管理するのではなく、窯内の様子を見ながら調整しないとうまく製品が焼けないということは聞いていましたが、半日以上焼成時間が違うというカタチは予想以上でしたので。

昨夜から引き続きお手伝いしていましたが、昨年のことを考え閉めるまで手伝い続行と考えていましたが、今回の調子では昼には終わらないので一度帰って休んで来いとのこと。
そんなわけで、一旦帰って寝て、夕方再び参加しました。

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叔父のお手伝い

昨日から引き続き叔父の窯焚きのお手伝い。
窯を閉める作業を行ないました。
午前3時終了。
皆さんお疲れ様でした。

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古窯復元学術検討会

一昨日、昨日、つまり、18、19日と珠洲焼資料館において古窯復元についての学術検討会的なことが行なわれたそうです。
その会は、古窯関係の石川県内外から偉い研究者の方たちに何人も集まっていただき行われたとのこと。
内容としては、今回の実験の報告を行い、そのことについて意見をいただきながら、古窯復元について話し合われたようです。
私は参加していたわけではありませんが、学芸員氏か伺った範囲で、今回はそこでいただいた意見について書いてみたいと思います。


●窯構築時の跡は竹じゃないのでは?!
以前書きましたが、我々は、発掘された窯の壁の跡から、窯構築に竹を使ったのではないかと推測し、今回竹を使って窯を構築しました。
しかし、これが竹であったと考えるのはおかしいとのこと。
木をそういう細さに割って使ったのではないかとの指摘です。
竹でなかったとの根拠は、これまで竹を使って作ったと思われる窯跡は見つかっていないからとのこと。
現存するデータ以外を基にすることはできず、推測が差し挟まれることは許されないというのは、ちょっと偏屈な気はしますが、確かに竹であったという判断をするには、欠片一つでは弱いというのも事実です。
その形状と加工と作業のし易さから、竹であったと簡単に考えてしまったのは浅墓だったかもしれませんね。

●窯形の構造がおかしい!
この窯の壁の跡については異論がもう1つありました。
竹か木かは別にしても、渡す方向が違うのではないかとのこと。
我々は、竹を横に渡して使いましたが、これが縦だったのでは?との指摘です。
横であったか縦であったかは、我々の間では議論にもなりませんでしたが、確かに縦であったと考えることもできます。
なんとなくイメージで横というような発想をしちゃいましたが、逆の発想は目から鱗が落ちる感じですね。
とはいえ、今回は小さい窯の復元に取り入れましたが、我々はこの竹的なものは、初期の窯では使われておらず、窯が巨大化する過程で取り入れられたと考えています。
つまり、窯の横幅が広がるにつれ、構築時に補強する必要が出てきたと考えられます。
そのため、横として使うほうが自然な気がするのですが、どうなんだろうか?

●炭窯と同じ構築方法はおかしい!
そもそも炭窯と同じ構築方法だったという根拠がない!という意見もあったようです。
実際、これまでそういう認識は研究者の方たちの中にはなかったようですし、当然と言えば当然の指摘ですね。
我々としては、発掘されている窯の壁に見られる痕跡から、その可能性は高いと判断しました。
また、同じように行われていた焼き物の窯と炭窯とが全く違う技術体系にあったと考えるよりは、全て同じだったとは言えないまでも、相似する技術的なものがあったと考えるほうが自然ではないでしょうか?
実際どんな流れで古窯の技術が確立されたのかは知らないですし、私の勝手な想像ですみませんが、縄文土器的なものから弥生土器的なカタチを経て発達していくようなイメージの中では、カッチリした枠的な窯型を組まない窯の作り方も存在したという気がします。
とはいえ、珠洲古窯が炭窯形式であったという根拠が薄いというのは事実ですし、今後の検証も必要でしょう。
ただ、このやり方でも窯を作ることができたわけで、可能性はあると思うのですが…。

●天井が高すぎる!
今回作った窯は、床の形状から考ええると高すぎるのではないかという指摘がありました。
実際今回焚いてみての印象は、上がガラガラで必要以上にスペースがある感じで、私的にも高すぎる気はしました。
計画していた設計予定図からも5cmほど高くなっちゃったんですが、それを差し引いても高すぎる気が…。
ただし、この印象も何を入れるかによって変わってくるはずで、もっと背の高い品物を入れた場合気にならなくなるかもしれません。
とはいえ、中世の珠洲焼のサイズを考え、もう一度高さについては考えてみる必要はありそうです。

●温度計の位置がおかしい!
温度計の位置がおかしいのでは?という指摘もありました。
もっと品物近くの温度を測らないとデータ上意味がないのではないかとのことでした。
今回は、壁から20cm強内側に入ったあたりを測定しています。
個人的には、品物の焼け方を測定する実験ならば、厳密に品物の近くを測らなきゃならない気はしますが、今回のような実験ではそこまで気にする必要はないような気がするのですが(汗)。
品物の側にはゼーゲルコーンも入れてありますしね。
まあ、研究者にとっては大事な要素なのかもしれませんね。
このことに関しては、実験の指揮を執る学芸員氏の判断に任せておけばいい感じ(笑)。

●製材切端を燃料に使うのはおかしい!
今回我々は焼成の燃料の大部分を製材所から分けていただいた切端を使用しました。
これがおかしいとのこと。
薄くて燃えやすい切端を使うことにより、温度の上昇が容易になり、中世の焼成の復元にはならないとの指摘でした。
また、製材切端の大半は杉なのですが、燃えやすい杉を使っているのも同様に問題であるとのことです。
そして、これは昔の窯では大きい丸太をそのまま焚いていたという定説にも反するとのこと。
この指摘はちょっとキツいです。
というのも、製材切端を使うことにより燃料代を節約していたという側面もあり、これが使えないとなると予算の少ない我々の実験は立ち行かなくなりますので。
製材切端は、乾燥度にもよりますが、1tくらいの束を1000円で分けてもらっていて、今回おそらく6t分くらい使ったので6000円で済んでいます。
この1000円というのも、持ってきてもらう運送費として払っているだけで、取りに行くとタダなんです。
しかし、薪を購入するとなると費用は跳ね上がりますし、貧乏実験としては実験不能になりそうです…(涙)。
とはいえ、私的には問題ないとは思っているのですが。
私の推測では、昔はそんな大きな丸太は焼成の燃料としてはあまり使っていなかったのではないかと思うからです。
ある程度の大きさの木は、建築資材その他に使うため必要だったでしょうし、燃料の大半は枝的なものだとか、あまり大きくない木を使っていたのではないかと思うのです。
また、大きい丸太をそのまま焚いていたという定説も怪しいと思っています。
大きい丸太をそのまま焚いていたという説の根拠は、細かく割って使うのは大変だからとのこと。
しかし、そんな焼けにくい丸太を燃料に使うとは信じられません。
現代の陶芸家でそんなことをしている人はいませんし、昔も一般で使う薪は割っていたでしょうから、割らないで使うという話はナンセンスな気がします。
そんなわけで、燃料に製材切端を使うのは逆に理にかなっている気がするのですが、どうでしょう?
まあ、これはあくまでも私の勝手な思いですが、実際問題、予算の関係上、今後も製材切端を使うことになると思います(笑)。


と、指摘された大きな問題点についてコメントしてみましたが、実際はもっといっぱい怒られたようです。
集中砲火を浴びた学芸員氏はお気の毒。
まあ、私的にはいろいろなご意見も参考にしながら、今後も実験を楽しめればいいなと思っていますので、学芸員氏にはこれからもどんどん矢面に立って欲しいですね(笑)。


陶芸 “裏技” マニュアル 手びねり篇

読書しました。
読んだのは、

 陶芸 “裏技” マニュアル 手びねり篇  (阿部出版)

まあ、マニュアル本ですから読書と言えるかどうかはわかりませんが。
先日読んだ 『写真で見るやきもの教室』 ではやや物足りなかったため新たに購入した本です。
今回は陶芸の中でも、目的の “手びねり” についての本ですので、内容的には満足です。
とはいえ、数日後に “手びねり” で壷等を作ってみる予定なのですが、この本を読んだからといって、うまくできるかどうかはわかりませんけどね(笑)。

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第2回焼成実験予定日決定

第2回焼成実験が年内に行われることが決定したとのことです。
一応、予定としては11月30日か12月1日から行われる予定。
今回の実験の目的は、第1回の焼成実験では作品の焼き上がりがイマイチでしたので、しっかり、そして、より珠洲焼っぽく焼けるように焚き方を工夫してみるということ。
前回、還元状態での焼き方があまりできていなかったので、そういう焚き方をしてみるとともに、焼き上がり度を上げるため、高温での焼成時間を延ばしてみるらしいです。

私としては、次の焼成実験では窯内に作品をビッシリ入れてやってみたいという希望はあったのですが、準備期間を考えると、そのへんはちょっと無理っぽい感じ。
ちょっと残念です。

とりあえず目標が決まったわけですが、実験本番までに行うことは、窯の修復と薪の用意です。
早速燃料用の製材切端を入手しました。
6束、およそ6t分です。

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窯の修復作業

本日は、窯の修復作業が行われました。
と言っても、私は所用があり参加できなかったんですが(汗)。
具体的には第2回焼成実験でできたヒビを埋めていく作業です。
おつかれさまです。

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