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新データ

■作業工程・新データ

今回は、新たに見つかったデータについて。
それは↓の窯の一部と思われる欠片です。
これは新たに発掘されたものというわけではなく、発掘済みで未整理のものの中から見つかったとのこと。
以前は、発掘の際注目されていたのは陶片や窯の底部の形状などだったらしく、窯そのものがどういう形状でどう作られたかっていう観点では調べられていなかったようです。
そのため、これほどしっかりカタチの出ている欠片も注目されることなく未整理のままだったのでしょう。

080514-01.jpg

この欠片は、天井の一部だったのではないかと考えられますが、注目すべきなのはほぼ等間隔で並ぶ溝。
↓写真の赤い部分になりますが、1~2cmの溝が2cmくらいの間隔で並んでいます。
これは、おそらく竹か何かで補強の枠的なものを入れていたと考えられます。

080514-02.jpg

↓のように、この枠は壁材で巻き込まれており、乾燥後外されたわけではなく、乾燥のために火を入れた時か焼成時に焼けてなくなったものと考えられます。

080514-04.jpg

写真ではわかりづらいですが、↓の青い部分のように枠からはみ出した部分には枠とは違う筋が見られます。
これは、枠材の下に土台となる木か何かを積んだものがあった形跡のようです。

080514-03.jpg

このデータをもとに、今回は木の窯型の上に竹をのせていくことにしました。

ちなみに、この欠片は今回の実験のモデルである 『寺家クロバタケ3号窯』 から発掘されたものではありません。
これよりも横幅がずっと大きな窯跡から出土したものです。
よって、 『寺家クロバタケ3号窯』 でこのようなカタチがとられていたかどうかは不明だったりします。
というよりは、 『寺家クロバタケ3号窯』 ではこのようなカタチはとられていなかった可能性のほうが高いのではないかとのことです。
学芸員氏によると、初期の珠洲焼きの窯ではこういうカタチはとってなかった可能性が高いとのこと。
後に窯が大型化していく過程で窯の形状を維持するためにとられた技法なのではないかというのが彼の考えのようです。

とはいえ、珠洲焼きの歴史の中で、そういう技法を使って窯を作っていたことがあったのは事実ですし、まあ、今回は万全を期す意味でもこのやり方を採用します。
そういうカタチでのデータを取るのも有意義ですしね。


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